看護師としてNICU で勤務した経験を経て、現在ベビーマッサージを中心に活動されている蛯原英里さん。看護学生時代やNICU での勉強熱心な一面や、仕事に対する強い思いが、とても伝わってきました。
小学校4年生のときに虫垂炎で入院したんです。家族と離れてひとりで過ごすのは初めてでとても不安でした。でも看護師さんたちにすごく優しくしてもらい、看護師っていう仕事は素敵だなと思いました。中学生で進路を考えたときに、ふとその経験を思い出し、看護師になりたいと意識するようになりました。 ご存知の方も多いかもしれませんが私は双子で、姉とは違う「看護師」という道を目指したのは、やはりこの入院があったからだと思います。
専門学校を受験したときは、先生から大丈夫と言われたこともあってあまり勉強せず、実は1次試験で落ちてしまいました。そこから猛勉強して、2次試験で受けた学校にはすべて合格し、そのなかのひとつの千葉にある専門学校に入学しました。今思うと国家試験よりこのときのほうが精神的につらかった気がします…本当に必死で勉強して挽回しましたね。この経験のおかげで試験に落ちることの怖さや、ちゃんと勉強した分は結果として返ってくることを学びました。
高校を卒業して生まれ育った宮崎を離れ、千葉での寮生活が始まったわけですが、やっぱり実習のレポートの大変さは今でも覚えています。受け持った患者さんの疾患を勉強して、レポート用紙に書ききれないときは紙を付け足すくらいびっしり書いていました(笑)。ほかにも患者さんが好きと言っていた映画を観たり、患者さんの好きなことを自分なりに勉強したりして、たくさんコミュニケーションをとるようにしていました。今の仕事でもいえますが、目の前の人とのつながりやその人の笑顔を大切にする気持ちが、当時から強かったんだと思います。 実習で一番思い出深いのは、パーキンソン病の患者さんを受けもったときのことです。最初の頃は自力でうまく歩けなくて寝たきりのことが多かったのですが、毎日会話したり、歩くときは介助したりと熱心に向き合いました。ある朝、病室に行ったら患者さんがいなくて、探してみると談話室で新聞を読んでいたんです! 私をびっくりさせようと思って談話室までひとりで歩いて行ってくれたんです。日々回復していく姿を見ながら、看護師としての喜びを強く感じましたね。担当の期間が終わっても、その患者さんのことはずっと気になっていて、顔を見に行こうと思っていた矢先に、その患者さんの奥様から手紙が届いたんです。手紙には、その患者さんが合併症で亡くなられた、と書かれていました。本当に、本当にショックで手紙を読みながらボロボロ泣きました。元気になっていくのを近くで見ていただけに、その患者さんの死は、とてもつらい経験でした。
国試勉強は、ひとりで黙々とやっていました。ちょっと集中したいときはチョコレートとコーヒー。今でも変わってません。過去問をひたすら解いて、苦手なところにふせんをつけて何度も見たり書いたりして覚えたり、間違えた問題はトイレの壁とか目に付くところに覚えられるまで貼ったり…問題が解けないと悔しいから一生懸命勉強しました。また、ノートをまとめるときは色分けして見やすく作るのが好きでした。今でも手帳に書くときは、予定に合わせて色分けしちゃいますね。 勉強に疲れたときは、友達とカラオケです。学校の近くにはカラオケくらいしかなかったので(笑)。ELT(Every Little Thing)やドリカムが好きでした。懐かしいな〜。 学生時代の参考書は全部とってありますよ。なんで捨てられないかっていうと、あのときすごく勉強したから! 今後何か壁にぶつかったとしても、これだけがんばった自分がいるから大丈夫っていうお守りみたいな感じで捨てられないんです。
無事、国家試験に合格して看護師になり、NICUに配属されました。ここに配属されていなかったら、私は今の職についていないと思います。 最初にNICUに入ったときはやっぱり衝撃でした。触れただけで壊れそうな小さな赤ちゃんがたくさんいて、呼吸器や点滴がいっぱいつながっていて、モニターで24時間管理されていて…。最初の数か月は家に帰ってもずっとモニター音が鳴っているように感じるんです。家で寝ていても、入院受け入れの電話が鳴る夢をみて、パッと目が覚めることもよくありました。NICUでの処置を覚えるまでは恐いくらい不安で、常に同期とチェックし合ったり先輩にみてもらったりしました。一瞬で状況が変わり、早急な対応が求められるので、臨機応変に対応できるように、とにかく必死に練習しましたね。現場では手順や注意事項をメモして、家に帰ってからノートにまとめ直すことを何年も続けていました。学生のときより看護師になってからのほうが勉強したように思います。でも仕事に直結した専門的な内容なのでまったく苦ではなく、どこから出るかわからないうえに全部やらないといけない国試勉強のほうがつらかったな(笑)。 仕事でつらくなったときは、同期や先輩とたくさん話しました。夜勤明けでもファミレスに行ってひたすら話したり、予定を合わせて旅行したり…。仕事の大変さは、それで乗り切れたと思う。あとはもう実践。やるしかなかったですからね。また、NICUで働いた約6年の間で、カンガルーケアやタッチケアの素晴らしさを学ぶこともできました。
看護師を退職し、アパレルの広報の仕事をしていた頃、自分はこの仕事を誰のためにやっているのだろう、とふと立ち止まったことがありました。雑誌の広報だったら、もちろん読者のため、ということになるのですが、学生時代や看護師時代の経験を振り返ったとき、やっぱり私は目の前の人の笑顔や反応を見て仕事をしたい! という思いがぐわーっと湧き上がってきたんです。そんなときに本屋で、NICU時代からの癖で赤ちゃんコーナーを見ていて、ベビーマッサージのことを初めて知りました。気になって何冊か読んでいたら、ベビーマッサージの発祥のひとつがNICUのタッチケアだとあったんです。そのとき点と点がビーッとつながったように感じました。これは運命だ! って。 看護師になってもNICUを経験しなかったら、こういう考えにはならなかったと思います。「触れる」ということはごくごく当たり前のことなんだけど人間の生きる力にもつながるから、これは広めないといけない、NICUに入ったご家族だけでなくみんなに知ってもらいたい!! という思いが高まって「ベビーマッサージを職業にする!」って決めました。それから看護師時代のことを含めて勉強し直して、ベビーマッサージの協会の試験を受けて、今の職業に至っています。
NICUでの経験は、ベビーマッサージの講師をやるうえで私の自信になっています。もし看護師やNICUの経験がなかったら、自分の子育て経験だけでは説得力がそんなにないと思うんです。説得力があるかどうかは聴いてくれる方が決めることなのですが、自分としては自信をもって伝えることができるので、そこが強みだと思っています。いろいろな所で講演をしたりベビーマッサージ教室の講師とお話したりして、おかげさまでベビーマッサージを10年前よりも普及できているんじゃないかなと感じています。ベビーマッサージを伝えないといけない! という使命感とともに、これからは赤ちゃんとお母さんだけでなく、家族がふれあえる場を作っていきたいです。 それと、私が看護師になって学んだことで今でもすごく共通しているなと思っているのは、「傾聴すること・見守ること・共感すること」の3つです。このことは本当に看護師時代によく学ばせていただきました。子育てやあらゆることにも共通することだと思うので、皆さんも意識して実践して欲しいなと思います。
私は看護学校を受けるときに一度落ちて、そこからの努力で合格できた経験があったからこそ、国家試験は楽な気持ちで挑めました。この経験から思うのは、何かに失敗したことを恥じる必要はなくて、その経験をバネにして将来いろいろなことをがんばればよいということ。それと手抜きはしないこと。手抜きすると失敗したときに後悔するから。私は人生を後悔したくないので、ベビーマッサージを志そうと決めたときも将来どうなるかわからないけど、そのときすごく悩んで決断したから、もしこの先大きな壁にぶち当たっても後悔しないと思います。 私が学生で国家試験を受ける前の一番不安だったときに、母から送られてきた手紙の中にこんな言葉がありました。「今進もうとしていることをひたむきに努力する。先の世界はまっさらでも、振り返れば必ず道となっている。がんばってきた証は必ず残る」と。自分を信じてやれば絶対に道は開けるし、今までやってきたから必ず大丈夫って思って自信につながりました。私が母からもらったこの言葉を、これから国試を受ける皆さんに贈りたいです! がんばって!
※本記事は、弊社発行の無料情報誌『INFORMA 2016-2017秋冬版』から画像を転載・引用しています。
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