フィジカルアセスメントの第一人者であり、その著書やセミナーにおけるわかりやすい解説が多くの学生や教員の支持を得る山内豊明先生。実は、この春に改訂した『なぜ?どうして?2018-2019』にも監修者としてご協力いただいています。そんな山内先生に、メディックメディア編集部が看護師国家試験の今後、新出題基準、看護教育についてお話を伺いました。
まず、基本コンセプトが変わることはないと思います。看護師免許は自動車の運転免許と同じと考えてください。運転免許は、高い技術をもったF1ドライバーを証明する認定証ではないですね。赤信号を間違いなく停止できる人に、“あなたならば運転してもいいですよ”と許しを与えるためのものです。看護師国家試験は、すばらしい能力をもった人に認証を与えるための試験ではなく、“社会に出て看護行為を行ってもいいですよ”という社会に最低限のお約束を果たせる能力を確認するための試験です。おそらく今後、この基本コンセプトが変わることはないでしょう。
もし、「何がミニマムなのか」というコアの部分が変化すれば、看護師国家試験も変わっていくでしょう。例えば、血圧測定において、以前使われていた水銀血圧計はアネロイド型血圧計や電子血圧計に移行してきていますね。そうすると、前者よりも後者の使用方法を知っている必要が出てきます。また、昔は振って使うのが当たり前だった水銀体温計は、今は電子体温計なので振ったりしませんね。このように医療技術が変わるという場合には、ミニマムな部分も変わらざるをえません。 それから、制度が変わったら我々看護師の活動の仕方も変わるので、「昔はこうだった」では済まない部分も出てくるでしょう。そういうものについては看護師国家試験に反映させなければいけません。
はい。でも、一方で変わらないものもあります。例えば、患者さんにどう向き合うのかという部分はころころ変わるものではないですね。そういう部分は看護師国家試験でも変わらないでしょう。変わったところだけが注目されて、「変わった」という話が大きくなりがちですが、先ほど言ったとおり基本コンセプトは変わりませんし、変化があったとしても2割り程度で、8割は変わらないと思います。
やはり変わった部分というのは、とても目立つので注目されやすいですが、基本的にこの8割が既出のテーマという傾向は続くと思います。
小項目は例示ですので、ここに疾患名があるからといって必ず出題されるというわけではありません。逆に、ここに疾患名がなくても出題される可能性はあります。この疾患は大事だという一つの例示であると思ってください。確かに疾患名の明記というのは大きな変化にみえますが、そこまで過敏になる必要はないかと思います。つまり小項目の内容によって今までと出題傾向が大きく変わるということではないでしょう。
このような項目は、これまで明記されていなかっただけで、もともと看護師国家試験の出題範囲に含まれていた内容であると思います。さらにいうと、「当然わかっていますよね」という常識レベルです。ただ、時々「あれ?本当に大丈夫?」という部分があったために、項目が明確に示されるようになったのかもしれません。やはり、医療において一番大切なのは安全です。ですから、看護師国家試験に合格して看護師免許をもった人は「この項目をクリアしています」と社会に示す意味もあるのです。
看護師国家試験は、「知識(パーツ)を確認する問題」と「それらを応用して統合した問題」が組み合わさって構成されています。知識はあるのだけれどバラバラのままで使いこなせないということでは困るので、後者のような問題の比重が少しだけ増えたのかと思います。そして「応用して統合できる能力」を評価するためには、ある程度の状況設定を読ませるような問題が必要になったのでしょう。
現場に近い状況判断を評価する出題があるのは自然なことだと思います。逆にないほうが不思議ですね。 例えば、肝炎で消化器内科に入院している患者さんがいるとします。実は、その患者さんは「会社を休んでいる」ということで頭の中がいっぱいで精神的にも不調をきたしているとしましょう。このような状況は現実にもありそうですが、首から上だけは精神科に入院してくださいというわけにはいかないですね。臨床では、看護師は患者さんのすべてを丸々引き受けているのに、知識体系だけはそこでスパッと別れるというのでは、現実とかけ離れてしまいます。
そうですね。看護学のカリキュラムも看護師国家試験と同様に、知識とその統合の2つの要素が含まれています。まずパーツである知識をしっかり学習して、次にそれら統合して応用するという流れで進めるのがいいと思います。しかし実際、成人看護学(急性期、慢性期)や母性看護学、小児看護学などの授業では、パーツをしっかりと理解しないうちに統合について学ぶことになるため、全体像が見えない学生さんは、頭の中が混乱してしまうことも多いでしょう。パーツをバラバラ聞いて、その理解があやしい状態でいきなり統合しようとするようなものです。例えば、英単語を知らない人に「英国での日常会話を調べてこい」という課題が出されているようなものですね。 パーツを頭に入れるところから統合までの流れをもう少し丁寧に教育できるのが理想ですが、それを実現するには教育にかけられる時間と教員の数とが不足しているというのが現状でしょう。
カリキュラム的に先生方は相当大変だと思います。本来看護師として求められていることは、答えを出す電卓となることではなく、状況に合わせて計算式を立て、答えを出し、出した答えをどう使うか考えることができるプロフェッショナルとなることです。 例えば、「100円のものを5個買ったらいくら?」という問題に対して、100✕5=500という計算をします。ここで計算結果が800とかになってしまうとそもそもお話にならないので、これを正しく進めるのが「パーツの理解」です。それでは、500という結果から「500円だから1000円札を出せば買うことができるな」とお買い物について考えるというのが「統合」のようなものでしょう。 成人看護学や母性看護学、小児看護学といった看護学カリキュラムのなかで、計算(パーツの理解)とお買い物(統合)の両方を十分にカバーするのはなかなか厳しいものがあります。全国の看護教員の先生方もご苦労されていることと思います。
看護師国家試験に合格するために必要な最小限のコアはしっかりと教育する必要があります。しかし、それだけですと決められたことしかできない金太郎飴のような、クローンのような看護師ばかりになってしまいます。看護のカリキュラム上、時間的にも人員的にも厳しい状況にある先生方が多いとは思うのですが、看護師国家試験をカバーしたうえで、各学校、各先生の教育理念に基づいた特色のある教育を進めていただけたらと願っています。
名古屋大学大学院医学系研究科 基礎・臨床看護学講座 教授
1985年 新潟大学医学部医学科卒 1991年 同大学院博士課程修了 1993年 カリフォルニア大学医学部神経科学部門勤務(~95年) 1996年 ニューヨーク州ペース大学看護学部卒 1997年 同大学院修士課程修了 米国ナースプラクティショナー免許取得 1998年 ケース・ウエスタン・リザーヴ大学 看護学博士課程修了 1999年 看護師・保健師免許取得 2002年〜 現職
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